患者の隔離の話は出ていますが、感染する時間が短いとすると、あまり、意味がないのでは・・・という見解もあって、そこまではやっていません」といって、一息ついた。
国立感染症研究所のウイルス部長が「正月ですので、アルコールを出そうかと思ったのですが、とても、そんな雰囲気ではありませんな。
コーヒーブレイクにしましょう」といって、秘書の女性を呼んだ。
ずっと、会議を支配しているのは沈諺な空気である。
人間が大きな解決不可能と思えることに遭遇したとき特有の雰囲気である。
冗談ひとつ出ない。
まったく、余裕というものがないコーヒーブレイクになって香港から帰国したばかりの係官が「そういえば、香港では、誰もみやげものを買わなくなっていますよ。
いつもなら、日本人が奪い合うようにして買っている免税店も、閑古鳥が鳴いていました。
ウイスキーやブランデーなどは、大丈夫と思うのですが、なにしろ、原因がわからないので『さわらぬ神にたたりなし』ということなのでしょう。
そういえば帰りの飛行機の中で水が出たら、スチュワーデスに『この水は香港で給水したものか』と聞いていたアメリカ人がいました。
みんなエキセントリックになっていますよ」といっていた。
ひとわたり、雑談的に、この新型のウイルスの話が出ていたが、やがてウイルス部長が、「ところで、そのウイルスは熱にはどうなのかね」と尋ねたことによって、会議は再開された。
香港から帰国したばかりの厚生省の係官が、その話を引き取った。
「熱に強いようです。
むしろ、一定以上の熱のもとでのほうが、ウイルスは繁殖するみたいです。
だから、42、3度(摂氏)というとてつもない高熱を発している患者がその高熱のまま、死んでいくといったことになるようです。
ふつうのウイルスは熱に弱いものが多いそうですが、このウイルスはちょっとちがうようです。
少なくとも、摂氏50度ぐらいでは死なないようです。
ガンの温熱療法のようにはいかないようです。
それと、高熱を発しているときに感染力が高いのではないかともみられます。
そこで、逆に低温にしたらどうだという意見も出ていますが、なにしろ、患者は、発病して10時間ぐらいで死んでしまうものですから、新しいことを試みる時間がないということもあります。
ただ、それならば、どうして冬に出てきたのかがよくわからないわけで、夏の暑い日に出現しなかったのは、どういうわけだろうという学者の指摘もあります」と答えた。
一息入れてから、係官は話を続けた。
「ウイルスに対するワクチンは、とてもすぐにはできないでしょう。
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